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最高裁判所大法廷 昭和26年(れ)320号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二月に処する。

但し本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人鍛冶利一、同牧野良三、同新家猛の上告趣意は、末尾添附の上告趣意書記載のとおりである。

第三点について。

論旨は結局事実誤認の主張に帰し刑訴応急措置法一三条二項により、上告適法の理由とならない。

第二点について。

旧刑訴四〇三条、四五二条は、被告人が上訴しまたは被告人のために上訴した事件については原判決の刑より重い刑を言渡すことを得ない旨を規定し、いわゆる不利益変更禁止の原則を採用しているのであるが、上告審において原判決を破棄して事件を控訴審に差戻した場合については、当該控訴審はその破棄された原判決との関係において不利益変更禁止の制限を受けるか否かについては、旧刑訴法に直接的な明文の規定を欠いているのである。元来、この不利益変更禁止の原則は、被告人側のした上訴の結果却って被告人に不利益な結果を来すようなことがあっては、被告人側の上訴権の行使を躊躇せしめるおそれがあることを慮って採用されているのである。しかるに、若し破棄差戻後の控訴審はその破棄された原判決との関係において不利益変更禁止の制限を受けないから原判決より重く処罰し得るものとするならば被告人側は原判決に対し有利な変更を求めて上告申立をなし、上告審もまた被告人の利益のために原判決を破棄して原審に差戻したにかかわらず、却って控訴審における再度の審理のために不利益な処断を甘受しなければならない結果となり、被告人は上告申立にあたり常にこの危険を覚悟しなければならないことになるであろう。かくては旧刑訴法が不利益変更の原則を採用した根本精神に反することになるといわなければならない。しかのみならず、上告審で破棄差戻しをした場合に差戻しを受けた控訴審は前記のごとく不利益変更禁止の制限を受けないものとすれば、上告審が原判決を破棄して自判する場合には、旧刑訴四五二条により不利益変更禁止の制限を受けることとの間に、納得しがたい不権衡を来たすことになるのである。従来大審院判例(昭和一五年(れ)第五五五号、同年七月一〇日判決、判例集一九巻四四一頁以下)は、差戻後の控訴審においては、既に破棄せられた原判決のために何等拘束せられる理由がないとして、不利益変更禁止の制限を受けないことが法理上当然であり、刑事訴訟法の精神に反するものではないとしたのであるが、原判決が破棄されたのであるから原判決との関係においては不利益変更の原則の適用はなく、第一審判決との関係においてのみこの原則の適用を生ずると見るは形式的な議論であって賛同することを得ない。されば、上述の理由により差戻後の控訴審もまた旧刑訴四五二条の規定の精神に徴しその破棄された原判決との関係においても不利益変更禁止の原則に従うべきものと解するを相当とする。

さて、本件においては懲役二月、三年間執行猶予の控訴判決を受けた被告人が上告の申立をなし、上告審は訴訟法違反を理由として右控訴判決を破棄差戻す旨の判決をなし、差戻後の控訴審(原審)は被告人に対し懲役二月に処する言渡をなしたものであって、この原判決は明らかに第一次の控訴判決の刑より重き刑を言渡したものであるから、上述の理由により判決に影響を及ぼすべき法令違反があるものといわなければならない。よって論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。(第一点は違憲を主張するが、訴訟法の解釈が前記の如くである以上前提を欠くものである)。

よって旧刑訴法四四七条、四四八条により原判決を破棄して自判すべきものとし、原判決が証拠により認定した事実につき法律を適用するに、被告人の判示傷害の各所為は各刑法二〇四条に該当するのであるが、犯罪後同条の罰金刑につき罰金等臨時措置法二条、三条により刑の変更があったので、刑法六条、一〇条により軽い同法二〇四条の刑に従い、所定刑中懲役刑を選択し、右各罪は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条、一〇条により犯情の重い判示(二)の罪の刑について法定の加重をなした刑期範囲内において、差戻前の控訴判決の処断を考慮して、被告人を懲役二月に処し、同法二五条に従い本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、なお訴訟費用の負担につき旧刑訴法二三七条一項に則り主文のとおり判決する。

この判決は上告趣意第二点に対する裁判官斎藤悠輔の反対意見を除き裁判官全員の一致した意見によるものである。

裁判官斎藤悠輔の上告趣意第二点に対する反対意見は、次のとおりである。

上告審において、原控訴判決を破棄して事件を控訴審に差戻したときは、原控訴判決はその破棄により直ちに消滅し、破棄差戻後の控訴審は、上告判決の破棄差戻の理由に拘束されるだけで、事件が当初控訴審に係属した状態に復帰し、右の拘束を受ける外全く新らたな第二審裁判所として更らにその事件につき審判するものである。従って、破棄差戻後の控訴審は、旧刑訴法の下では附帯控訴のない限り旧刑訴四〇三条の適用を受けいわゆる原判決すなわち第一審の判決の刑より重い刑を言渡すことができない制限を受けるに過ぎないものであって、既に消滅した原控訴判決の刑に拘束される道理がない。また、旧刑訴四五二条は、上告審の規定であって、破棄差戻後の控訴審に通用しない規定であることはいうまでもないから、この規定を根拠として破棄差戻後の控訴審が破棄された原控訴判決の刑に拘束されるという解釈をとることのできないことも論を俟たない。

然るに、多数説は、先ず、「当該控訴審は、その破棄された原判決との関係において不利益変更禁止の制限を受けるか否かについては、旧刑訴法に直接的な明文の規定を欠いている。」といって、間接的には規定を置いてあるかのような口吻を洩している。しかし、破棄差戻後の控訴審と既に破棄され消滅して終った原判決との関係は何もないのであるから、直接的にも間接的にも明文などは存在しないのであって、また、存在しないのが当然でもあるのである。

元来、被告人の上告は、その利益のために有利な変更を求める申立ではあるが、旧刑訴においても量刑に関する上告の申立は、被告人の利益、不利益にかかわらず原則として許さなかったし、本件のような刑訴応急措置法の適用される上告事件では、同法一三条二項の規定により全くこれを許さないのである。そして、不利益変更の禁止は、単に刑に関するものであるから、旧刑訴法上許される適法な上告の申立と上告審における刑の不利益変更禁止の規定とは、直接の関係は何も存しないのである。それ故、仮りに上告審において刑訴四五二条のような刑の不利益変更禁止の規定を設けなかったとしても、被告人が法律上無罪を求めるため又は法令違反を自己に有利に変更を求めるため上訴権の行使をするのに、何の躊躇も遠慮もいらないのであり、何等の危険をも覚悟する必要もないのである。思うに、多数説は、被告人のため有利な変更を求める上告申立と被告人のため刑を有利に変更する上告申立とを混同し、しかも、後者は適法な上告申立理由として許されないことを忘れたものと思われる。

しかのみならず、多数説は、右の点に関し、破棄差戻と破棄自判との間に納得しがたい不権衡を生ずるといっている。しかし、破棄差戻は、事実の確定に影響を及ぼすべき法令の違反ある場合(旧刑訴四四八条の二参照)であり、破棄自判は、事実の確定に影響を及ぼさない場合(同四四八条参照)であるから、事実確定をそのままにして直ちに判決をする場合と再び事実審理をした上犯罪事実並びに犯情の認定に異った結果を生じた場合とでは、刑に差等を生ずることのあるのは当り前のことであって、少しも不思議はなく、却ってその方が権衡を失わないのである。本件のように、上告裁判所が曩に事実確定に影響を及ぼす法令違反があるから事実審理をせよといって原判決を破棄し事件を原裁判所に差戻しながら、しかも、その破棄理由には刑に関して何も示していないにもかかわらず、原裁判所が折角その命令に従って詳細に事実審理をした結果犯罪事実並びに犯情に前の判決と異った結果を生じたと認めてこれに適当する刑を科しても、次の上告裁判所では同一事件に対し出し抜けに刑だけは前の判決よりも不利益に変更してはならない。変更したら旧刑訴四五二条(前述のごとく控訴審には適用なく、従って控訴判決はこれに違反し得ない規定である。)の精神に反し違法で御座るというがごときは全く上告裁判所の横暴、無理というものであって、下級裁判所としては到底納得し得ないところといわなければならない。

されば、多数説は、法理と常識と下級裁判所とを無視したいわゆる安価な慈善的上告奨励論であって、反対せざるを得ない。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 谷村唯一郎)

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